院長 漢方コラム

目からウロコの漢方⑤〜症例からみる漢方治療〜

第5回 下痢症(胃腸炎)と漢方薬

 下痢止める西洋薬、腸を治す漢方薬

 30歳代の男性。昨日気分が悪くなり会社を早退。帰宅してから嘔吐、夜間から下痢が始まった。翌朝もむかむかとして、お腹がぐるぐると鳴って4回も下痢をしたといって来院されました。「会社の同僚も同じような症状で休んでいます」と。嘔気があり食事も摂れず、下痢が続いてくたびれきった表情です。  診察すると、体温は37.2℃、血圧は110/78mmHg、脈拍94/分と熱のためかやや脈が速くなっています。舌には黄色味がかった厚い白苔が付いていて胃腸が何らか障害を受けているようです。お腹を診させていただくと、ゴロゴロとお腹が鳴っています。臍の上の胃の辺りが硬く圧迫すると抵抗があり(心下痞鞕;しんかひこう)、沈滑数という脈で、漢方医学的にはお腹の中の水毒とやや熱証(胃腸の炎症を示す)の状態にあるようです。昨日から下痢が続いていることから脱水を心配して、点滴(電解質補液)をすることにしました。舌、脈、腹などの状態から半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)という漢方薬を処方いたしました。次の日には下痢もなく、体温も36.2℃と平熱にもどりましたが、まだ嘔気が残っているというので続けて服用いただくようにお話しました。
 半夏瀉心湯は傷寒論と金匱要略が原典で、半夏・黄芩・黄連・人参・大棗・甘草・乾姜から作られています。金匱要略には『嘔して腸鳴り、心下痞(胃の辺りが痞えている)する者は半夏瀉心湯之を主る』(訳:吐いてお腹がごろごろと鳴って、胃のあたりが使えている感じがある者は半夏瀉心湯で治る)とあります。従って悪心・嘔吐・胃の痞え感・腹鳴・下痢などの治療に使います。この漢方薬は決して下痢止めではありません。黄連と黄芩が組み合わされて胃腸の熱(炎症)を鎮め、半夏と甘草で嘔吐を治します。乾姜は胃腸を温め、人参・大棗の組み合わせが胃腸の機能と気力・体力を増進するのに役立ちます。不眠症など神経症があり常に胃腸が気になって下痢しやすい人にはとても喜ばれます。
 私たちの腸は口から入ってきたものをちゃんと監視していて、体に害を及ぼすウイルスなどを感知したら下痢をさせて排出してしまおうとするシステムが備わっています。従ってノロウイルスなどのウイルスやカンピロバクターなどの細菌による感染性の下痢になっても闇雲に下痢を止めるな、と漢方医学は教えています。下痢している感染性胃腸炎に対してよく使われる半夏瀉心湯、五苓散、人参湯、真武湯などは、普通便の人が服用しても便秘することはありません。漢方薬は単なる下痢止めではないということが良く解ります。